おっぱいの真理
ペンギン・ハイウェイを見てきました。感想です。
まず冒頭の「ぼくはたいへんかしこいので~~」のくだりから、青山くんがいかに正しくそして確かに育っているのかを知らしめられた。
ニッコリした。
そしてお姉さん。
朝のシーンでは全く予想だにしなかった「少年」という第一声に心がやられた。
お姉さんのおっぱいは目算FかGです。
重量的にはGだけど形はFなんだよな……二次元おっぱいは時空が歪む(?)
なんかこう、SFに馴染みのない人間ゆえにお姉さんが巫女的な?神秘的な何かなのかと思ってしまっていたので、青山くんと一緒に研究を進めるような感覚で楽しかったです。
お姉さんには人間であって欲しかったみたいな気持ちもありつつ。
ペンギンが<海>まで二人を連れて行ってくれるシーンはまさに私のイメージする「ハイウェイ」で、映像美だなと思いました。
あと喫茶店で警察の人にみつからないように声をひそめてテーブル下に潜り込むシーン、あれ最高潮でしょ。
青山くんは周りの子どもが感情表出を抑えきれないところをしっかり思考しているのでたいへんかしこい。それは周りの大人が「子どもらしさ」に縛られず真に彼と向き合った結果だとも言えるし、彼がたいへんかしこい子どもだからでもある。
最後の「どれだけお姉さんのことを好きだったか~」の所はとてもとても好き。
好きな人を迎えに行くことのできる男はいい男だよ……
END
今日という日
昨日財布を忘れて駐輪場に停めた自転車を出せなかったので取り返しに行ったら、見当たらなかった。というのも、私の自転車は前後輪ともにタイヤがパンク寸前で、ボロボロすぎて空気を入れられないから、母の自転車を借りていたためだった。母の自転車は白だと思っていたのに紺色だった。私がそれに気付いたのは、駐輪場の整備の人にあちこち探し回ってもらって30分強が経過し、母に電話で確認をとった時だった。
自転車は母のを譲ってもらう予定だったが、家に帰ると「紆余曲折あって」新しいのを買えと言われた。今日行って来たら、と言われたが私はTSUTAYAで映画のDVDを5本も借りてきた(うち2本は最新作で、レンタル料金をケチって当日レンタルにした)ので元気ない、無理、予定変えたくないと答えた。母はいい加減、私がスケジュールを崩されることを嫌うということを理解すべきだと思う。
夜、明日仕事で必要な書類を印刷していないことに気付いたのでプリンタを使おうと思ったら黒インクがなかった。電気屋まだ開いてるでしょ、と言われたが駅前まで今から行くの? と返した。仕方なくコンビニに印刷しに行った道中、秋の風の匂いがした。月が綺麗だった。このままどこかへ行ってしまいたいと思った。
多分、今日あった母とのやり取りで母の機嫌は少しずつ、しかし確実に悪くなっていると思う。仮にそうでなかったとしても、今までの経験則上そう感じてしまう自分が嫌だし、近いうちに母の怒りが爆発するようなことを想定して毎日暮さねばならないことも嫌だ。どこかへ行ってしまいたい。どこかへ行ってしまいたい。
特別愛されていないわけではないと思う。でも私は幸せじゃない。毎日怯えながら暮らしている。かといって一人で生きていく能力もない(頑張ればなんとかはなると思うが、頑張り続けることは難しいと思う。誰かに甘えて生きることに慣れ過ぎた)ので、我慢して暮らしている。母も母で私への不満や怒りを日々少しずつ我慢して、摩擦のないように生きているのだと想う。
ここは地獄の一丁目だなぁ。
生きるということ
人生とは選択の連続である。「選ばない」こともまた然り。
久しぶりにブログを書きます。
最近思っていることをつらつらと。
平成最後の夏だというのに末法思想も裸足で逃げ出すほど日本終わってるというか、終わりすぎて逆に始まってる感。
悲しいのやら腹立たしいのやらわからないニュースだらけで嫌になるが、こんな世の中だから、生きるということについて考えてしまう。
私は、生きている。
けど、生きている=生きるという選択肢を望んでいる
ではないと思う。
私は、生きたくて生きているわけではない。
「死」は無である。瞬間で人を無にする。
蓋しその瞬間にあるエネルギーは計り知れない。
何が言いたいかというと、
「生きる」ことは毎日一定のコストを払い続けることであって、
「死ぬ」ことはその瞬間に最大コストを払うこと(ただし成功率はわからない)
なんだと思う。
そして私は確率のわからないものにコストを払って
もし失敗した場合に払わなければならない沢山の犠牲を被りたくないし、
また「生きる」というコストをギリギリで毎日払っている人間に
「死ぬ」ということにかかるコストが払えるはずもないのだ。
選択の話をしよう。
私は毎日電車のホームで「今飛び降りたら死ねる」
と思う。
別にそこまで自殺願望が高い訳でもないし、人生そこそこ楽しいし、仕事も今のところは並大抵に上手くいっている。
でも生き「続け」たくない。
死に際は自分で選びたいし、充分とは言えずともそれなりに満足した自分のまま死にたい。
だから、人生のいくつもある分岐点の中から、DEAD ENDを選んだ自分を想像する。
こういう人は今の日本にそれなりに存在するのではないかと思う。
幸いなことに私はオタクなので推しを見届けるまでは生への執着がある。
でもそれは「生きたい」のではなく「死ねない」なのだ。
何故そうなってしまったのか、原因をあれこれ考えてみたけれど
絶対的な愛が存在しないからじゃないかなぁ。
「この人なら私が私である以上、何があっても味方でいてくれる」
そんな風に思える人がいない。
親の愛はそうあるべきだと私は思う。
追伸
どうしてこんなことを考えだしたのかというと、上司に恋愛遍歴について聞かれまくった挙句「人生やりたいことやっとかないと後悔するよ」的なことを言われ、
「コイツ恋愛しない人生が私にとって『やりたいことやってない人生』だと思っとんのかハァ~~~~~~~~ン自分の価値観押し付けんなやクソが~~~~」
と思い、悔いなき選択をする人生とは? と思い至ったからです。
名前を贈るということ
「名前」とは何か。
例えば私の飼っている犬は八年間うちにいるから、私たちが勝手につけた「自分の名前」を呼ばれれば反応する。
私たちは誰もがそれを持っていながら、自分で決めることはそうそう無いだろう。生まれた瞬間から言葉を知っている人間はいないのだから。
「君の名前で僕を呼んで」。このタイトルに吸い込まれて私は映画館に行った。原題は”Call me by your name”。どちらも音が良いと思った。
題名の通り、エリオとオリヴァーは作中で気持ちの通じ合った時から、自分の名前で相手を呼ぶシーンが幾度かある。これがどんな意味を持つかは各人の解釈に依るところではあるが、それを考えるにはまず最初に提示した「名前」とは何か。これを考えなければならない。
名前は自分に付随する情報を紐づける「記号」だ。持ち物、契約、所属……これらは全て名前が無いと成り立たないだろう。日本では女性が結婚した際、クレジットカードや携帯の契約名義を変える必要がある。「記号」が変わってしまったからだ。
社会的な意味においては上記の通りだとして――きわめて個人的な「名前」の意味は何なのか。私は、「自分そのもの」だと思う。このからだのつま先から毛先まですべて。オリヴァーとエリオはそれを交換したのだと思う。互いのいっとう大事なものを交換する――その行為は強い絆の証のようでもあるし、深い魂の交歓にも見える。まさにエリオの父が言った「得難い絆」だ。
彼らは自分の名前で互いを呼ぶ時、大切そうに、慈しむようにそれを口にする。自分そのものの欠片を相手に預けるようなその言葉は繰り返される。最後の別れの瞬間にも。
エリオは自信のなさそうな話し方をするとオリヴァーは言う。エリオはオリヴァーのことをエリオと呼ぶたび、自分に自信が持てるような、そんな気がしたのではないだろうか。もしもそうだとしたら、それはオリヴァーがエリオに残したものだ。彼らの絆は、決して失われたわけではない。電話越しに何度もエリオと口にすることを、オリヴァーは止めなかったのだから。
あんステレポ(ネタバレ有り)
※めんどくさい女オタクのめんどくさい愚痴を含みます。
単純に楽しいレポが見たかった人
否定的な意見を見たくない人
誹謗中傷をしたくなる人は立ち去って下さい。
OP~流星隊合同レッスンまで
前にTYMで見ているとはいえ、生徒会長による解散宣言のシーンは何度見ても辛いものがある。からの守沢千秋……スバルのために明るく振る舞うところも、零と話す時は真剣な顔で「奇跡を再び起こしてくれると信じている」って言うところも好き。きみはヒーローだよ。
しののん、初演の時からずっと気になってたしスバルとの絡みが見れて私は満足です。零の口にクッキーいっぱい突っ込むところも好き。
(以降順番うろ覚え、飛ばし飛ばしで語ります)
・ゆうくんが監禁されてる所
今回の瀬名くん、メインストーリーで描かれていたほどコミカルではなく、どちらかというとシリアスな方に振り切れてて、ゆうくんだけは絶対に何があっても守らなきゃっていう思いが狂気に走ってしまっている瀬名くんがよく伝わってきて、私たちはもうチェックメイトもスターマインも知ってるから見ていて痛々しかったし、辛かった。
・ホッケ~とfine
前ちゃん会長は台詞をためる所が多くて、そのための間に誰一人口を開くことを許さない威圧感を得たのでゾッとしました。悪役たらんと振舞っていたと思うよ。彼は恨みも怨念も糧にして地獄の道を生きていくからね……
・あと、蓮巳殿の度し難競歩めちゃくちゃ笑う
・Knightsのレッスン(日替わり)
多分この日替わり司ちゃんがレッスンしましょう!って言ってりつが面倒がって嵐ちゃんに押し付ける所までは一緒なんだけど、嵐ちゃんが真似できないすごい踊りやっててお腹痛いくらい笑った。
「最後のダンッは何なの」
「これはね、今までのこと(謎ダンス)を全部無かったことにするの」
「ちょっと俺の中でなかったことにできないんだけど」
「私、瀬名先輩を探して来ますね」逃げる司
「それがね、大変なことになってるのよ」
「さっきの踊りより大変なこと?」
「ッフフ……さっきの踊りは別に大変なことじゃないわ」
可愛かったな~~~~
・テニス部
再びしんどい所。
瀬名先輩は元菊丸なのでラケット捌きがめちゃくちゃうまかったです。なずにゃんがValkyrieに抜けたことも含めて助言しようとするところも好きだし、おれはおまえのことも心配なんだよって言うとこも好き。
ゆづるが暴走してるところも桃李ちゃまがいじめられて泣いてるとこも可愛かった。
・海洋生物部
裏返しジャケット着ちゃったかおゆくん可愛い!100億兆点満点!!
海渡くんのぷかぷかも良かったです。
晃牙がぶつかって「ぷ゛か゛ーーーーーー!!!!!?」って野太い声出したの誰だ……
1,2,3,ちぇすと可愛い
・演劇部
私は真白友也をナメていた。
美。美。そして美。
恐ろしく美しい。動いても360度美しい。
女装……すごい……ブロマイド売ってくれ……
そして360度回転する階段。
あそこだけ新喜劇だった。
渉くんステッキ一本あれば階段を急斜面に変えられるでしょ?
・空手部&忍者同好会
忍くん隠れみの術、ことばで説明できないのが本当に悔しいんですけどこう、カエルのポーズで微妙に足をうかせて隠れたつもりになっててめちゃくちゃ可愛いかった。
てちがてちてちしてました。
「ナポリ」「カルビ」のくだり、最後の最後でカルビ行こうなって言ってくれる大将男のなかの男やで……
・DDD
私は最推しがトリスタじゃないので、敗者の側に感情移入してしまう。
初戦、fine対流星隊。
「ずばっと参上! ずばっと解決!」好き 夢魔の台詞なかったよね?
すごい格好いいところなのに隊員がfine寄りの意見なの笑った
「かわいい後輩が~」好き
「バトンは繋いだぞ明星~」やっぱりオリジナルのせりふだよね!?返礼祭のタイトルがバトンタッチ!だったの思い出して泣いた
2wink対fine
この子ら意外とズルっこしてるんだなぁとおもった。
でもトリスタのためなんだよな~
相変わらず双子ちゃん可愛かったです。
ヘッドフォンつけてて音聞こえにくかったりしないのかな?
Knights対トリスタ
せなくん(言葉にならない)
王さまがいないって実感させられるようなパフォーマンスでした。
つらかった。とても、つらかった……
色々なイベスト思い出してたんだけど、DDD以降嵐ちゃんが頑張ってくれるのはこの時何もせず見守っていた後悔とかもあるのかなと思った。
みんなそれぞれここからまた始まるからねKnights。
SSでもう一度「あんたは僕のお兄ちゃんじゃないです」って言われることを考えるとなんかもうよかったねって。文脈がぜんぜん違うよね。
剣を取って「約束しよう」のところで小指だす振り好き
紅月
蓮巳殿のライブ中に見せる自身たっぷりなエロい笑みがやばい。
細いから腰の入ったダンスしてるとおんなの仕草みたいに見えるのすごい。
三人のユニットは現状紅月だけなので、隊形の流れが綺麗だった。
セミファイナル前、ご飯食べてるとこ
2winkの二人の台詞がグサっときた。
こういう子たちの無念や亡骸の上に立っているトリックスターがイメージとして浮かび上がりました。
あと真緒ちゃんが紅月の方見て綺麗にお辞儀してるところ。
スバルが千秋に手振ってるところ。
みんなの支えでここまで来れたんだねTrickstar。
一番星が輝くために、みんなが決死の覚悟で戦いに挑む。
これは本当に生死をかけた争いではないけれど、正しく戦争だ。
より軍を従え、民衆を鼓舞した者の勝ち。
そんな風におもいました。
ホッケ~とおばあちゃんのお手紙
ほけわたの波動を感じた
ウィーンウィーン嘘ですAmaging好き
イッケ~くんすぐニヤつくのかわいい
このあと渉が「でも、これは貴方が望んだことでしょう?」
って言うまでが好き。
セミファイナル
教師ズがいないので、司会はなずにゃんと2winkだったんだけど、ペナルティをくらった2winkに変わって流星隊1年生が司会に
三者三様でかわいかったです
Ra*bits対トリスタ
らびっつ、簡単なステップを中心にした振りつけで初心者ユニットだなって初めて思った。腹チラが最高すぎる。
みつるくんが声低いのめちゃくちゃ萌えでした。
幼馴染が手つないだりスキンシップするたびに心のおじさんがのたうち回ってた。
あんで対fine
ここでDarkness4ぶっこんでくるあんで、強すぎる、、、、、という感じ
存在感があって、さすが夜の朔間さんは違うなとおもいました
結果発表の時「……強いでござる」っていう忍くん好き
トリスタ対fine
桃李ちゃま「よろしくないよ」って茫然として言うイメージだったんだけど、感情むき出しにして、英智に掴みかかって、そのあともずっと泣いて、英智になぐさめられてて、よほど敗北が認められなかったんだなって。
英智が撤退宣言する時、少し見切れて渉くんの表情もわかるんだけど、言葉にならない。
英智くんは今回通して台詞をためる所が多くて、そのための間に誰も口を開けない、息が苦しくなるような威圧感があった。
あといろんなひとが言ってるけどメイクが顔色悪い感じで、怖かったね。
あんな敗北をした後に「ありがとう」って言われて、愛されてしまうの辛いよな。
でも英智くんは「アイドルになりたかった」し、「愛だけではアイドルになれない、けれど愛がなくてはアイドルになれない」んだよね……
カテコ以降
荒牧くんお誕生日で小南くんがお誕生日ケーキ持ってきたんだけど、荒牧りつが「お兄ちゃん」って言ったから零くん固まってて場に戻った時泣いてたかわいい
レオ登場の時、舞台裏で立ってるうしろすがたが1分くらいずっと映ったあとのだったので、なんかの映像ミスかなと思ったらでてきたのでびっくりしました。
正直今回Knights一回しか出番ないのに二回歌ったりレオきたり贔屓されてる感が否めなくて、もちろん祥平くんが来てくれたことにはすごい感謝してるしみんな(1名除くだけど)揃ってシンギングスターやれたことは良かったねって思うし、なによりKnightsが今作で唯一みんな嬉しそうに踊ってて、ありがとうの気持ちが大きいことに変わりはないんだけど
これがもし他のキャラだったら無理だったかもなとか考えちゃうんだよな
それに、もしレオがこのDDDにいたらとか、考えても無駄なたくさんのIFを考えてしまわずにはいられなくて、くるしかったです。
以上。
夢ノ咲学院が存在する世界が輝いていた
昨日見た夢の話
あんさんぶるスターズ!DREAM LIVE-1st tour “morning star”-の話です。
※ネタバレ含みます。何より、まだライブを見ていない方には新鮮な気持ちで観ていただきたいので、これから行く予定のある方はブラウザバック推奨です、
開場前、寒空の下、整理列で「今みんな楽屋で雑談してるんかな」と言ってる子がいました。
開演前、瀬名くんの前説で「もう裏にいる」と騒いでいる子がいました。
私はそんな風に入りこめなくて、もちろん推しが前説してたことは嬉しかったけれど、あくまで「アイドルコンテンツとして」楽しんでいたんです、その時は。
開演後、幕が降りて、かっこいいムービーが流れて、Trickstarが下から上がってくるんですよ。アイドルみたいに。
その瞬間、私は夢ノ咲学院が存在する世界の一員になってしまった。彼らが現実に存在するんじゃなくて、私たちがあちら側の世界に行ってしまったんです、だからこれは夢。
最初の曲はHEART→BEATER!!!!でした。
正直あんなに泣いちゃうとは思わなかった。
私はあんずPじゃないけれど、それでもゲームの1ユーザーとして彼らをプロデュースしてきたので、彼らがここまで歩んできた道とか、苦悩とか、全部知ってしまっているので。プロデューサーとして、本当に彼らが舞台の上にアイドルとして、4人で立っていること、その奇跡を観測する、stargazerになれたことに涙しました。「みんながいたからここまでやってこれた」という曲に込められたメッセージも刺さったし、次がRebellion starだったのもいけなかった。
音楽、舞踊、演劇、どんなジャンルにおいても舞台上に立つ人間は、特別な存在なんです。Trickstarのキラキラは、あんなに遠い舞台上からも届いたし、4人で固まってポーズをとるところが彼ららしいなと思った。名もなき彼らが、特別な存在だったあの瞬間を観られた感動でいっぱいでした。
Knightsのステージは、トリスタの後だから余計に際立ったのかもしれないけれど、魅せるステージだった。5人で作る陣形はやっぱり美しくて、古豪ここにあれりという印象。まだ高校生なのにあんなにまで研鑽を重ねているのかと思うと、あまりにも遠くて、苦しくなった。観客席からみるKnightsはとても輝いていたけれど、彼らは舞台上でも自分の足でしっかり立てるんだな、と思ったし、そんな中でも互いへの信頼が見えたりして、少し微笑ましくもあった。その、遠く感じたことがすごく苦しかったけれど、でも私が欲しかった苦しさ(絶対的に届くことのない偶像に手を伸ばす虚しさ)だったので喜んでいいのか悲しんでいいのかわからなかった。彼らの背負っているものの大きさを感じた。Silent Oathは「あなたに捧げた剣とともに」のところで1番はレオ、最後は全員が観客を指差すところが印象的で、何万人のひとが射抜かれてしまうんだろうと思った。
UNDEADは、ある意味一番安心して観れたかもしれない。Melody in the darkの合いの手入れる夢が叶ってしまったし、マイクスタンドをなぞる動きがみんなエロいのでそこばっかり見てしまった。晃牙くんのところどころ動作が雑で無駄の多いところ、多分それだけ体力有り余ってるからなんだろうなぁと感じたし、朔間先輩の体の軸が全然動かないところにゾッとした。Darkness4の彼は神さまに見えました。
再びKnightsに戻ってきた時、MCがとても「いつもの彼ら」だったから、これが現実なのか夢なのかわけがわからなくなりだした。どちらにせよ、私は異世界にいたのだ。
瀬名くんがセンターにいたからCheckmate Knights だってすぐわかった。レオと絡む時若干身長差が埋まってるのは瀬名くんが少しかがんでるのかなって思うくらいの余裕はできはじめた。FFJは司くんがバテはじめたのか、2番の「真実は作り出すもの」でりつくんが前に出てくるのに司くんの手が上がりきってないから、「邪魔」とでも言いたげにどけて前に出てきたので笑いが起こってた。多分後で落ち込むんだろうなぁ。そのあとも司くんだけ位置どり失敗してたり一年生と三年生の力量差が見えた。りつくんは実質三年生だし、すごいのは嵐ちゃんだと思う。MCの時もほかの人が喋ってる時控えめに手を振ってるのかわいかったし、お姉ちゃんと最後まで楽しみましょ~って言われた時は心臓が止まるかと思った。ナマ「タンポポちゃん
」「お姫様」「お姉ちゃん」聞けたっていうのが嬉しかった記憶。あの時わたしたちはタンポポちゃんでお姫様で妹だったんだ。
アンデ後半はなんといってもハケ際の晃牙をパフォーマンス中一切絡みのなかった朔間先輩が頭掴んで連れて帰るところ。二枚看板の絡みは刺激が強すぎてまともに見れなかったけどその時と同じくらい悲鳴みたいな歓声があがってた。
アンデとトリスタは一曲ずつ交互に出て来て、ラストがトリスタだったんだけど、桜フェスの衣装着てて、やっぱりここに来てまた初めのスタートラインを忘れないように、って思えるトリスタが愛おしかったし、これきっと舞台袖にあんずちゃんがいて、見守ってるんだなって感じた。Cherry Happy Streamは一番好きな曲。もうここまでくると純粋に楽しめた。でも、アンコールのONLY YOUR STARS!でまた泣きそうになった。
今では本当に夢なのかもしれないと思うけど、そう思うたびに銀テ見て夢じゃない!!って驚いてます。でも本当に、比喩でもなんでもなく夢のような時間だった。ありがとうあんさんぶるスターズ。現実は散々だけど、たった1時間でも夢ノ咲学院が存在する世界線に生きられたことを胸に刻んで生きていくよ
卒論提出17日前のドルオタより
推しへの愛がダダで手に入る時代ということ
今回のテーマ:アプリゲーにおける課金は正義か? 悪か?
大それたテーマ設定をしてみたが、結論から言うと、一概には言えない話だろう。それでも私がこの記事を書こうと思ったのは、SNSで度々問題にあがる言葉が発端だ。
「課金ユーザーばかりが優遇されるのは不公平! もっと平等にしろ!」
「お金払ってる奴が優遇されるのは当然! イヤなら黙ってやめろ!」
こういう趣旨の言葉を目にしたことは、一度や二度ならあるんじゃないだろうか。私はこのどちらの主張を見てもモヤモヤするし、不毛な論争だと感じる。
という訳で今回は、アプリゲームにおける課金、中でもとりわけランキング制度に関係するものに絞って、私なりに考えたことを纏めたい。
(一応説明しておくと、ランキングの話題に特定するのはより他者を意識しなければならない項目だからです。詳しくは後述)
私の課金レベル
まず、ごちゃごちゃ言う前に自分はどうなんや?というのを簡単に説明しよう。
私は現在、
- ほぼ毎日プレイするものが2タイトル
- ログインだけして推しイベの時に触る程度が5タイトル
- ログインすら疎かだけど端末に入ってるものが4タイトル
こんな状態だ。基本的に課金をしているのは1だけで、月額は決まってないが月平均4000円程度だろうか。学生の身分でアルバイトの収入が不安定な為、月ごとに入るお給料の内訳から考えて、課金できるお金をキープしておくといった感じだ。
ソシャゲの課金率はタイトルによるため平均は解らないが、そんなに珍しいパターンではないだろう。自力でお金を稼ぐ手段があって、ゲームをそこそこやってる人ならまぁわかる程度の課金なんじゃないか。この程度の課金でもの申す資格なんかねえ! と思う方はどうぞお帰りください。
無料で遊べるアプリゲーム、推しへの愛はタダで深まる
さて、本題に入ろう。
今はハードディスクを有料で売って、それだけを買えば全てのコンテンツを楽しめる、所謂据え置きゲーよりも、基本的に遊ぶのは無料なアプリゲームがたくさん開発されている。この利点というのは、SNSによる情報の拡散力が強い昨今において、誰もが・いつでも・どこでもプレイできるということ。SNSの中でソシャゲの話題が占める割合というのは、最近で言えば某有名歌手の引退報道直後、それ以上にFGOのマーリンが話題に上がったことなどからうかがえる。
Fate/Grand orderにて期間限定ピックアップされたマーリン。●●万円を溶かしてしまったという話もちらほら聞いたが……
要するに、経済力や自由な時間、大小様々な違いのある人間同士でも、私はこのゲームがしたいという気持ちと、スマートフォンさえあれば誰でも同じゲームをプレイすることができるのだ。
そして、大抵のアプリゲームには少なからずストーリーがあり、キャラクターが存在するだろう。そして、大概においてそのストーリーは無料で読めることが多い(イベントストーリーなどは例外とするが、こちらもハードルの低い課金で楽しめる場合が一般的に感じる)。
これが大きな罠である。運営会社はなにも善意のボランティアで我々に物語を無料配信してくれている訳ではない。物語を通じて、我々の中にキャラクターへの愛を芽生えさせるためである。
愛が芽生えるとどうしたくなるか? 当然、その子が欲しい、ゲームの中で手に入れたいと思うようになるだろう。
私の推し、月永レオくんです。jpegはお金を稼いでくれないという言葉を戒めにしています。
私たちはしばしば“推し”という言葉を使う。主にアイドルグループで、自分が一番応援している人/キャラ、という意味で使われていたが、昨今は単純に作品の中で一番好きなキャラクターという意味でも使われているように感じる。
作品の中で、推しを定める文化というのが、着実に我々の中に定着しているのだ。
そうして決められた“推し”への愛が深まっていく。すると、その子になら財産を投げ打っても良いという気にさせられる。でも現実世界はそう甘くない。自分の財産は勝手に増えないし、ゲームにお金をかけた分だけ自分の生活は苦しくなるのだ。
愛の証左はお金でしか買えない
ランキング報酬の話をしよう。
この制度は少し前にEテレの番組『ねほりんぱほりん』で紹介された通り、オンラインゲームから脈々と受け継がれる悪しき風習―ーそう、札束の殴り合いだ。
ランキングによって得られるものはゲームの形式によって異なるが、要するに推しへの愛がどれほどのものか?を数値にあらわされてしまうのだ。
そして、その愛を証明するかのように、ランキング上位者には、それにふさわしい報酬が与えられる。早い話が弱肉強食の生存競争だ。
はっきり言って、推しへの愛はお金で量ることはおろか、数値化することなんて不可能だろう。なのに、そうやって数値にあらわされてしまうことで、我々はなんとも言いようのない敗北感を感じてしまう。戦わなくては、大好きなあの子のために、何を犠牲にしてでも!……そう考えた人が行き着く先は、破産だ。現実はあまりにも世知辛い。
前述の通り、推しへの愛は無料で、どこまでも膨らんでいく。なのに、お金がだせないから、推しが手に入らない。だから、経済力のある他人が憎い。こうなっても仕方ないのではないか?
例えばこういう例もあるだろう。
- 事前登録からずっと続けていたが、課金をする余裕がないので、どれだけ苦しくてもランキング報酬は諦めなければならないAちゃん
- 最近一周年記念で話題になったことをきっかけに始めて、他に課金しているゲームもないから、とりあえず五万課金してランキング報酬をとったBちゃん
さらに、こういう例もあるだろう。
- 最近始めたが、古参ユーザーが強すぎる上に、推しが一番人気のキャラクターであるが故に、今から頑張っても3万は課金しないと推しが手に入らないし、確実に手に入るかもわからないAちゃん
- Aちゃんと同時期に始めたが、推しがそんなに人気のないキャラクターだったので、3千円の課金で推しが手に入ったBちゃん
これら全て、お金がないのが悪いと一蹴できるのだろうか?
もちろん、自分が課金できないからといって、課金している人と平等に扱え、という意見が正義だというつもりは毛頭ない。
でも、彼女らは、推しへの愛が証明できないことを嘆いているだけじゃないのか?
この苦しみは、否定されるべきものなのか?
まとめ
推しへの愛はみな平等に手に入るもの
その愛を証明するのはお金であるということ
これらを理解した上で、もう一度冒頭の問題について考えたい。
少なくとも言えるのは、同じキャラクターを愛している、同じ作品を楽しんでいる者同士でいがみあうよりも、一緒によろこびを分かち合えるほうが幸せなんじゃないだろうか。
私はこれを、双方に問いたい。
それでもあなたは、お金が全てか?