その日暮らし

思いついたことを、書くだけ。

Valkyrie:死と再生の物語

f:id:momopom0131:20191120214245j:plain

注意:スタライ4thネタバレ多分に含みます

 

 

 2019年11月15日~17日の三日間、東京・幕張にて『あんさんぶるスターズ! DREAM LIVE 4th Tour “PRISM STAR”(以下、スタライ)』が開催された。アプリゲーム『あんさんぶるスターズ!』に登場するアイドルたちが3Dモデルとなって私達プレイヤーの前で歌って踊る、まさに夢のようなこのツアーも今回で四度目の公演になる。

 毎度趣向を凝らしたステージを提供してくれるスタライは回を追うごとに出演ユニットも増え、1stではTrickstar・UNDEAD・Knightsのみの出演だったが、今回は全9ユニット、総勢32名の星々が活躍する。公演も2種類に分かれ、東京公演ではver.SCATTERが3公演、 ver.REFRACTが2公演開催された。

 今回初ユニットとなるのはRa*bitsとValkyrieの2ユニットだ。今回は表題の通り、Valkyrieのライブについて、私なりの解釈を語らせて欲しい。

 

 

 まず、東京公演の舞台セッティングを覚えている限り図に表した。

 

 

f:id:momopom0131:20191120211254p:plain

 

 

 Valkyrie登場時は他ユニットと同じく上方ステージ部分のモニターにプレリュードが流れた。そののち、不穏な音楽とともに舞台を覆うスクリーンが上がる。上方ステージに現れたValkyrieが披露したのは『魅惑劇』。スクリーンに映し出される赤いレーザービームが特徴的な演出だ。そして曲が終わり、幕間に宗が言った。

 

「次に奏でるは過去の記憶。手繰り寄せる旋律」

 

 そして『Memorie Antique』が始まる。二曲を歌い終えると一旦の退場。そしてRa*bitsとTrickstarのMCが終わると同時に、Valkyrieのステージ導入ムービーが流れる。フランス語の解読はSNSに流れているものをいくつか参照したところ、概ね日本語で話している部分と意味は同じであったため、割愛する。日本語部分は以下、ところどころ覚えている範囲で記す。

 

静粛にしたまえ まだ立ってはいけないよ(宗)

中略(みかの台詞?)

次は灯り(ペンライト)の準備を そうだね…灯り(ペンライト)の色は赤がいい(宗)

鼓動のように揺らして 灯りが俺たちによく見えるように(みか)

さぁ 次は立ち上がることを許可しよう

従順な魂には見せてあげよう 芸術というものを(宗)

 

張りつめるような沈黙をヴァイオリンのソロが切り裂く。再び登場した彼らは『発見!スチームパンクミュージアム』の衣装に身を包んでいた。そしてこう告げるのだ――『Last Lament』。

そして一曲を終えると再び退場。去り際に宗は「次の演目はか弱い子ウサギたち。迷わぬように灯りをともしておこう」(こちらもうろ覚え)と告げ、Ra*bitsのステージが始まる。そしてSCATTERではSwitch、REFRACTでは2winkのステージが続いたのち、彼らは最後の演目を行うため登場した。このステージの最後を飾るのは宗曰く『幻の曲』みか曰く『俺たちにとっては懐かしい曲』。そして一夜限りの夢のために、もう一人用意した、とも。旧Valkyrieの『聖少年遊戯』だ。ファンの動揺と喜び、不安、様々な感情が錯綜する中、彼らは最後の一幕を演じきり、立ち去った。

 

 私はこの演目、曲順、彼らの残した言葉、演出を頼りに、私なりの解釈をここに提示したい。

 

 

逆行する時間 

 

 

 Valkyrieの演目は、以下の順番で行われた。

 

1.魅惑劇

2.Memory Antique

3.Last Lament

4.聖少年遊戯

 

 はじめに、何故この順番なのか。あの齋宮宗ともあろうお方が、構成に意味を持たせないとは考えにくい。

 私は一つの仮説をたてた。「このステージは時間を逆行している」。根拠は二つ。一つは、ライブ中モニターに時計の針が逆戻りする映像が流れたこと(これは自分の目で確認できていないので要検証)。もう一つは、歌詞の中にある時間を表す語句だ。とりわけ、聖少年遊戯を除く三曲には天体が登場している。魅惑劇より「機械仕掛けの摩天楼から星の雫が溢れる」。「摩天楼」も夜を想起させる語句である。Memory Antiqueでは「手繰りゆけば着くだろう 落陽の描く五線譜の上に」陽が落ちる=夕方と考えられる。Last Lamentからは「いにしえの空に集う 木漏れ日の元へ」。木漏れ日は陽が昇っている状態でなければ生じないことから、少なくとも陽が落ちるよりも前であることがわかる。

 曲そのものの時間(彼らの一年のどの時期に歌っているものか)ではなく、歌詞が映し出す情景が巻き戻っているという解釈で見ると、時計が逆戻りする映像に関しても説明がつく。

 

 

死と再生の神――復活の神話、輪廻転生

 

 前項で述べた「時間の逆行」があるならば、聖少年遊戯あるいは魅惑劇は一つの終着点なのか? 答えはノーだろう。私は今回のステージを輪廻転生になぞらえることで『永遠』にしたのだと考える。

 

 鍵はLast Lamentにある。

 「夢果て朽ち」た世界で「立ち上がり続ける」ことを宣言するこの曲だが、歌詞全体を通して見ると死に向かっているように感じられる。「在りし日を彷徨う者たち 慰めに手を引く者たち いにしえの空に集う 木漏れ日の元へ 逝くがいい」ここでハッキリと「逝く」という言葉が使われているのも印象的だ。一番・二番のサビを以下に引用する。

 

【一番】

鳴り響け雪原のLament 

夢果て朽ちるがいい

この身に纏う情熱の炎で絶望さえも溶かしてみせよう

白銀のEgoist 神話を創れ

 

【二番】

舞い踊れ決断のLament 全ては未来の為

大地に積もる魂の叫びを 鼓動の熱が息吹に変える

麗しきEgoist

 

 一番のサビでも「朽ち」るという言葉が用いられているが、「情熱の炎」「鼓動の熱」が「立ち上がり続ける」原動力になっているのだ。また、「夢追い人たちの屍」が「大地に積もる魂の叫び」に繋がるとすると、再生・生まれ直しの要素が感じられる。ちなみに、復活の神と言えばキリストだが、wikipediaにある『死と再生の神話』という項が興味深いので以下に引用する。

 

さらに広い視野で見てみると、「死と再生」の思考に似たものが東洋の宗教にもあることに気付く。ヒンドゥー教や仏教などに見られる輪廻転生という概念で、生命は生死を繰り返し輪のように循環していると説くものである。何度も繰り返す点で季節や太陽の循環説と一致し、動物などに生まれ変わる事もあるとする点では異なるが、ユングは発想の類似に着目し集合的無意識に含まれるものとした。

 

死と再生の神-wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%BB%E3%81%A8%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AE%E7%A5%9E

 

 前項の天体から見る時間の逆行とも重なる部分がある。

 私がこれを輪廻転生とするのは、魅惑劇と聖少年遊戯の繋がりが見えるからである。繋がると考えられる部分を以下に引用する。(全て聖少年遊戯→魅惑劇)

 

 

「夢の写し絵 欲しいものは 此処にあるだろう?」

→「見られぬ夢など何もない」

 

「狂おしく 頽れて 留まって 永遠になれ」

→「時計仕掛けの天鵞絨-ビロード-の夜 紡がれるのは 永遠」

 

 時間の逆行と関連づけて考えると、聖少年遊戯→魅惑劇の順番になる。

 また、聖少年遊戯の結びは「満ちた胸を刺違え果てん」つまり死で終わるのだが、魅惑劇に繋がるとすれば「死と再生の神話」としても説明がつく。また、魅惑劇の冒頭は「時計仕掛けの螺旋回廊」。これも円環のイメージとして、輪廻に結び付けやすい。

 

 ここまでの検証をまとめると、

           「夜」→「夕」→「昼」

           「生」→「死」→「再生」

 この巡りを使って輪廻転生=永遠を表現したのが今回のライブにおけるValkyrieステージであると言えるだろう。また、中盤導入ムービーの位置づけについては、またの機会があれば語りたい。

 

 

さいごに

 

 Valkyrieの芸術が理解できたのかどうか、その真偽は私には一切わからない。

 だがしかし、古代の人間が星の並びに意味を持たせて星座を創りだしたように、事象に意味を持たせることができるのは人間の優位性であると私は思う。私のこの解釈が、誰かにとってValkyrieを知るための一端を担うことができれば幸いだ。